2010年1月24日日曜日

初めてのマンハッタン(1)

恥ずかしいことに、10年強、米国に住んでいるにも拘わらずNYに行ったことがなかった。まあ、これはアメリカ人でも同様のことはあるらしい。MIに住む友人も昨年生まれて初めてNYに行ったと言っていたので。さて、このマンハッタンの話は変なストーリーとなる。何故なら普通の旅のガイドブックに載っている様なことを書いても仕方がないから。NJに住む私は、NJTransitを使い電車で行くこととした。同僚に聞くとやはり電車で行くのが楽チンだよということだからである。というのもマンハッタンでは、やはり一方通行が多いしさらに駐車料金が東京と同様かなり高いからである。50ドルも払うのはいくら仕事をもらえたとはいえ、やはりばかばかしい値段である。また、米国3箇所生活の我が家はやはり家計を引き締めていかないといけない。さて、まず、電車。定時に出発したのにはびっくりした、そして2階建て編成なのにも感激。しかし座席の向きは変えられないので約半分は進行方向とは逆向きである。すごい、こんなに正確に米国の電車は走るんだと思ったがそれは1時間半後に間違いだと判った。結局電車は20-30分遅れでNYPennに到着した。地元の駅、これは当然NJの中であるが、この駅は起点ともなっているので大きいのかとおもいきやなんと小さな駅。朝4時過ぎから駅は開いている。面白いのは、駅の窓口に昼ご飯に伴う休み時間があること、しかもそれは9時25分から55分なのだ!つまり、早朝出勤させられているんだなと妙に納得。駅の待合室の中で汚い空気を循環させている1世代前の(3世代前か)富士通の冷暖房ユニットにも驚いた。あの室外機の大きさはすごい。いろんな人が、切符を買いにくるが皆列車の時間に無頓着である。切符を買う際に出発時刻を尋ねていることからも判る。まあ結局、これが”時間通りには動いていないということなのかな”と後で思った。列車内では、車掌が所謂検閲をするのだが、これがすごい。一体何人の車掌が乗っているんだろう。3-4人ではないようだ。列車は、たぶん7-10両はあるがそれでもすごい人数である。というのは、どこからでも入ってきて列車に乗れるからなんだろう。日本のJRのように自動改札機を通ってでないと入れないというような作りではないからである。日本の地方にある、駅員もいないような山の駅も何箇所か通るからか?さらに切符を見せると返してくれない、かちゃかちゃと私の切符を刻んでなんと背もたれのところにある金属状の留めにはさんだ。なんとこうすることでもうこの人は検閲したということらしい。もし、1駅だけの切符を買ってずっとNYまで乗ってたらどうやって判断するのかなと思った。何故なら降車するときにもう切符はいらなくてPennの駅ではバーを押すだけで出れるからである。(あの遊園地などである金属バーである)長い文章となったので(2)に続く

これも人生、でもお父さんはシンドイな

ドイツの友人が、会社を辞めざるを得ないということを昨日書いたのだが、もう一つ驚くような人生の展開を聞き実際確認もした。日本人で研究関連に従事している彼は、会社や経済が大国中国に翻弄されている状況を目の前にして奮戦していた。中国の市場は、どんどん大きくなり(実際、GNPも、さらに輸出規模でもさらに自動車市場などでも)従業員数は増えている。その一方でどんどん落ちている日本があった。ドイツの施設が縮小される前に、日本の某施設は結局閉鎖となった。当然、人員が削減する様を目の前で見た。彼は幸いにして会社に留まる事が出来たが、仕事は海外東南アジアの国への出張が激増した、もちろんその周辺国に展開している日本の会社が相手である。中国では、当然中国語が出来ないといけないし、日本人を高級な待遇で使ってくれるわけもない。まだ、規模がこの中国までには達していない東南アジアだからこそまだやっていけるのかもしれない。彼が、人生の中でかなりの大きな決断をしたのは昨年だった。世界で展開している(私の勤めていた前の)会社は、当然各国別に給与体系がある。先進国は、それなりに高い給与となる。なぜなら競争力ある相応の給与を払わなければ必要な人材が手には入らないからという考えからである。その先進国の日本からなんと彼は、後進国の東南アジアのある国へとその国の給与を貰う形で移籍したのだった。当然、給与が下がるので、しかもかなり下がるので、これにはびっくりした。何人かの人に聞いてやはり彼は、仕事上での働き甲斐を優先したということがわかった。彼、そして我々の仕事は、日本の製造業のお客さんがうまく開発を出来るようにサポートすることであったから、それが出来るのはもう海外でそういった東南アジアしかないということであった。何故なら、開発の設備やテストの実施ももうすべて海外に移っているのだ。これも、また人生か。10年前、米国に来た私も現地給与ではかなり下がるなとは思ったが、その時のショックよりももっとすごいものがこの東南アジアへの移動にはあるだろう。やりがいのある人生、これが彼の選んだ選択であった。

やはりどこの国でも大変

前の会社のドイツの同僚から、もう少ししたら会社を辞めるという連絡が来た。ここの施設は、日本よりもかなり大きかったからまだ大丈夫だろうと思われていたがどうやらだめになったようだ。いよいよ、世界の2大巨人だけの舞台となるのか?米国そして中国が、中心となるのかな?まあ、前の会社は、所謂米国企業であるのでこういったばっさりといったリストラがやれるのかも知れない。もう何年か前にドイツに滞在したときには、自宅にまで招待してもらったので何か言ってあげたいところだがまったく言葉はない。運命に従うしかない、というか人生万事塞翁が馬だから、悪いことばかりが続くのではなくいいことも起きるからと言うべきか。
突然の解雇がなければ、私がこんな場所でまた仕事を始めることもなかったし、大都会近郊の探索なども出来なかったであろう。10年以上に亘る、米国滞在でもNYなど行った事はなかったから。何がどうなるか判ったものではない。さらにもうドイツへの訪問などもなかったはずであったが、来月から1ヶ月半も行くようにと言われているのだ。まるで世界旅行を再就職につけてもらったような気分である。昔の同僚にも、何かいいことが起きるよう願っている。必ずや新しい世界ではわくわくするようなことがあるだろう。